【岡山】モビリティで中山間地域の移動を変える

展望台からの眺め。上山集落と中国山脈

前回、【岡山】平均70歳の組織が住民から200万を集めてスタートさせたお店〜集落のインフラを自分で創るの記事で岡山県の赤磐市仁美地区で展開されている「まちづくり夢百笑」の視察レポートを書きました。今回も同じく岡山の取り組みについてのレポートです。

上山地区と棚田

岡山県美作市上山地区は、岡山県の北東部の人口160人ほどの集落です。いわゆる中山間地域で、昔は炭鉱のまちとして栄え、最盛期には800人から1000人の人口がありました。

住民たちの食を支える、ある意味で自給的な米作りが生まれ、こちらも最盛期には8300枚もの棚田があったと言います。棚田は現在でも上山地域の魅力的な景観をつくっています。

夏の上山の棚田

しかし、日本の成長を支えた炭鉱のまちはエネルギーの転換の中で、多くが困難を迎えました。上山集落も炭鉱の閉鎖、過疎や高齢化が進む中で、多くの棚田が失われてしまったそうです。

上山集落を盛り上げる英田上山棚田団

上山の魅力である棚田を維持するために、集落には様々な工夫がありました。

山にはため池があり、そこから山あいの棚田に水路がを這っています。水路は棚団の生命線であり、集落の人々は水路を守るため、清掃や維持管理を協力して行ってきました。

しかしこの水路、現場を実際に見ても相当な総延長距離があり、山の斜面の中を走っていることもあって本当に清掃が大変そう…高齢化もあいまって維持管理が困難になっていったそうです。

そんな中、2000年ごろに60代の男性が上山集落にやってこられました。都会を離れ、ゆっくりと過ごすことを目的に移られたそうですが、いつしか集落をあげての水路の清掃にも関わるようになったそうです。

水路掃除が困難な事から、大阪に住んでおられた息子さんを清掃に呼ばれ、その息子さんが大阪の仲間を連れて上山に来るようになった事が、棚田団の取り組みの始まりだそうです。有志30名ほどが活動に来られるそうです。

出典:https://ueyama-shuraku.jp/wp-content/uploads/2016/07/tanadadan_07-1.jpgより

棚田団の取り組みは水路清掃にとどまらず、耕作を放棄された棚田の復活や、はぜぼし(収獲後の米をはぜにかけて乾かす作業)の復活、古民家の再生、お祭りの復活、上山のお米でお酒をつくるなど、集落の活動を多岐に支えています。

この活動がきっかけで上山集落に移住してくる方もおられ、お話を聞いたときには移住者が40名くらい入ってきていると言っておられました。

上山集落みんなのモビリティプロジェクト

超小型EV『コムス』

上山集落では英田上山棚田団と、みんなの集落研究所、トヨタ・モビリティ基金が連携し、超小型モビリティとして『コムス』を導入した集落での移動の仕組み構築のプロジェクトが動いています。

集落内は車の移動のうち買い物が3割、農作業での移動が4割であること。上山集落内での移動が5割で、集落外へは周辺のまちへの買い物目的での利用が1番多い、などを調査から明らかにされています。

このような状況をうけて『コムス』のような小型のモビリティの有効性、可能性を考える意味でも様々なプロジェクトが動いています。集落内では『コムス』を活用して、地元ならではの場所を、地元の方が案内する観光プログラムなどがあります。

モビリティでの集落案内 右手は棚田に水を供給するため池

コムスはまちから来たお医者さんや、ヘルパーさんなどにレンタルが喜ばれたり、想定されていなかった意外な需要が見つかっているようです。

上山集落から見える「関わり」と「変化」

お話を頂いた水柿大地さん

上山集落は人口150名ほどの小さな集落です。高齢化が進む集落の中で、実際にアクションを起こせる活動人口は、体力的に見ても都会よりもずっと少ないと思います。

しかし、上山集落では、今回は視察の中でモビリティプロジェクトだけをまとめましたが、車の乗り合い支援、生活支援、農業用のロボットの開発、地域通貨「百助」の発行など多様な展開が生まれています。加えて地域内の調査研究、トヨタ基金などを惹きつけるマネジメントも行われています。

そのまちに関わる人の人数よりも、そのまちで実際に活動し、核となる人数が重要になってくるのだと感じます。

「関わる」という事を否定するつもりはありませんし、関わりを増やすことが大事なまちも当然あると思いますが、上山集落を見ていると、このエネルギー取り組みのエネルギーや、暮らしを守る取り組みは、関わるを超えたものがあり、それが移住などにもつながっているように見えました。

モビリティ以上のインフラが生まれているように感じます。